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ブログをはじめました

タイトルの通りですが、この度ブログを始めました。

隔週程度で、気の向くままにダラダラと更新出来たらよいと思っております。

 

さて、今回改めてブログを始めた目的なのですが、それは一重に「長文作成能力の向上」です。

やはりTwitterが情報発信の主な手段となってからと言うもの、私たちの日常から長文を書く機会はめっきりと減ってしまったように感じられます。手軽で便利と言う点でTwitterは本当に優れたコミュニケーショツールだと思うのですが、その手軽さゆえに、説得性が高く、また趣が感じられるような密度の濃い文章を発信出来ないというのも弱点の一つです。

(また、中身のある文章をTwitterで晒すと、大抵自分の立場を悪くする結果に終わるの 

 で全くもって『本心』を呟けないのも弱点です)

 

このような現状で、長文を書く機会を得られるツールとしては、やはり多少下火であれ、ブログが最適だと考えました。

 

また、大学で課題として課されるレポートも確かに長文を作成する機会の一つではあると思うのですが、実際のところ大学のレポートは「質の良い」長文作成の練習にはならないように感じられます。理由は大きく二つです。

一つは「レポートの内容」よりも「提出したという事実」が極めて重要視されること。

分かりやすく言えば、「出しさえすりゃいい」ということです。恐らく、教授も学生のレポートを一つ一つ確認している余裕とやる気がないのでしょう。提出されたレポートの内容を見ずに、提出されたか否かだけで成績をつけている教授も少なからずいると私は踏んでいます。どんなに頑張ってレポートを作成しても、手を抜いて提出した人間と同じ内容の評価にされるんだったら、そりゃ誰も真面目にレポート書こうとはしないよね、という話です。

そしてもう一つ大切なのが、「大学のレポート課題に課される内容が、あまりにも我々の日常会話のレベルから乖離しすぎている」ということです。

大学のレポートが「質の良い」長文作成の練習にはならないと前述したのは、こちらが主な理由になります。

 本当に大学で課されるレポートって「何を言ってるのか分からない」「参考文献が理解できない」ということがしばしば起きるんですよね。もう難しすぎて、何から手をつければ良いのか分からないという状況に陥ることが多々あります。さて、そのようなレポート課題に直面した時私たちに求められるスキルは、もはや「脳内で説得性のある論理展開を構築する能力」などではなく、「口から出まかせをいう能力」なのです。そもそも理解していない事柄について論理的な文章を構築することなど出来ません。しかし、それでも我々がレポートを提出するためには、いかに、参考資料や教授の言葉をかみ砕いて、それっぽい文章をつなぎ合わせることが出来るのかが問われているのです。

詰まる話、大学のレポート課題とは、いわゆる一般で言われるような『文章力』の向上にはあまり役立たないということなのですね。

 

さて、話がそれましたね。今回ブログを始めた目的についてでした。

いずれにしても、最近自分の主義主張を論理的にまとめて展開する機会に乏しく、鬱憤が溜まっているのです。どうせツイッターで小出しに愚痴を呟くぐらいならば、読む人が納得できるような説得性の高い文章に昇華させようと思った次第です。

 

と、さっそくイデオロギー爆裂文章を作ってしまったのですが、こんな感じで適当に更新を続けていこうと思います。もし、暇な方は是非今後もご覧になってください。